水生昆虫の仲間は海,湖,河川など様々な水環境に見られます。どのような環境で採集するかによって準備するものも異なります。 ここでは河川中に生息する水生昆虫の採集と観察の方法を中心に述べていきたいと思います。

でかける前に準備しておきたいもの
水生昆虫の採集に必要不可欠なものを紹介します。さらに必要に応じて準備しておきたい品は, ツール・プラスαに入れました。こちらのほうも参考にして用意するものを選定してください。

○ 採集用の網(写真1)
魚釣り用の手網を使います。口は丸,四角のどちらでもかまいませんが,網を川底に接地して採集する場合は四角いものの方が採集しやすいかもしれません。 柄の長さ,網の大きさ,網目の細かさなどは,採集の用途や扱いやすさを考慮に入れて選びます。

○ バット,タッパー(写真1)
小石や落ち葉とともに網ですくった水生昆虫を入れるのに使います。白色のものだと昆虫が見つけやすく便利です。写真現像や料理で使うバットを転用します。
  タッパーは選り分けた水生昆虫を入れるのに使います。イチゴやアイスの容器を利用するのもよいでしょう。 必要に応じていくつか用意しておきます。

○ ピンセット(写真2)
採集した水生昆虫を扱うのに使います。柄の長さ,握りやすさなど,自分の手に合ったものを選びます。野外用は文具店などで購入できる安価なもので十分です。 使っているうちにピンセットの先がかみ合わなくなったり,なくしてしまったりすることもあるので,予備を持っていくことをお奨めします。

○ フィールドノート(野帳)(写真2),筆記具
採集した場所,日時,天候,川の様子など,気付いたことを記録するノート。耐水紙を使用したノートもあります。自分で使い勝手のよいものを選びます。 筆記具は水でにじまない耐水性のものを用意します(鉛筆が便利)。

○ 虫めがね,ルーペ(写真2)
野外で昆虫を観察する際にあると便利です。

○ 長靴(写真1),軍手,ゴム手袋
安全のためにも長靴の着用をお奨めします。底にフェルトをはった渓流釣り用の長靴が,河川中では滑りにくく,安心して採集ができます。 鮎釣り用の地下足袋を利用するのもよいでしょう。また採集の際,素手では危険な場合もあるので,軍手やゴム手袋なども用意しておきます。

写真1
写真2

 

水生昆虫の採集と野外での観察
川に着いたら,さっそく水の中に入って採集を始めたいところですが,まずは川の様子を観察してみましょう。ほんの数メートルの範囲でも, 流れの速いところや落ち葉のたまったところなど,異なる環境があることに気付くことでしょう。採集の際には,このような異なる環境を採集場所に選ぶと, 採集される種類も環境を反映してさらに多様なものになります。
写真3
写真4
瀬での採集には手網を活用します。網の口を上流側に向けて,下の部分が川底にあたるようにかまえ, 口の手前(上流側)の底質を手や足を使ってひっくり返します(写真3)。このかく乱によって,石の下や間にいた虫が,流れとともに網の中に入ってきます。 網の中味はバットにあけ,落ち葉や砂利の間から動きだした水生昆虫を選り分けて別容器(タッパ−など)に移していきます(写真4)。 流れの緩やかな場所や,落ち葉のたまった淵,大きな岩の下,岸際など環境条件の異なる場所でも採集の要領は同様です。
採集した昆虫は,形や大きさ,体の模様や色,動きなどを手がかりに別々の容器に分けてみます。水生昆虫にはいくつもの分類群に属する昆虫が含まれているため, 専門家でも,野外で即座に種名を知るのは難しいことです。しかし,カゲロウ,カワゲラ,トビケラ,トンボ…といったグループに分け, さらにそれをいくつかの種類に大別していくことは,それほど難しいことではありません。そう難しく考えず,直感的に仲間分けをしてみましょう。 どの種類がどれだけ採集されたのか,種類の多少,採集した場所との関連など,野外でその概要を知ることができます。正確な種名を調べて, 採集の記録として残すには,採集した水生昆虫を標本にし,実体顕微鏡などを使って観察する必要があります。標本の作成方法については後の項で扱うことにします。
フィールドノートには採集した日時,場所,天候,採集した水生昆虫の種類や個体数を記録します。採集場所の地名は,1/25000あるいは1/50000の地図
1)を参照し, 統一させるようにします。地図に採集場所を記入していくようにすると,再度採集に行く時や採集場所間の関連を知るのに便利です。 採集した地点の流れや底質の様子,水深2),水温 3) など測定結果や気付いたこともフィールドノートに書き込んでいきます。 川の様子を写真4)で残しておくのもよいでしょう。 河川とその周囲の様子は季節によって異なりますし,降雨や人為的工事でも変化します。採集した水生昆虫とともに,河川の記録も貴重な資料です。
水生昆虫の採集や観察は季節を問わず行えます。近所の川でも,1年を通して採集してみると,水生昆虫の顔ぶれから意外な表情が見えてくるかもしれません。 出かけた先の河川で採集して,身近な川の水生昆虫相と比較してみるのもいいでしょう。自分で調査のテーマを決めてみると, 採集や観察もより面白くなることでしょう。

ツール・プラスα
1)地図:
国土地理院発行の2万5千分の1あるいは5万分の1の地図。
2)定規あるいはメジャー
3)温度計:
棒温度計で十分です。できれば予備を用意しておきます。
4)カメラ

 

採集した水生昆虫を持ち帰る
野外で観察しているうちに,ただ水生昆虫を採集して,見るだけでは終わらせたくない,と感じる人もいることでしょう。 ここでは採集した水生昆虫を持ち帰る方法を紹介します。
 水生昆虫を生かして持ち帰るには,水の量と温度に気をつけます。最も手軽なのは,水がもれないようなフタ付きのタッパー
5)あるいはビニール袋5) のなかに,湿った落ち葉と一緒に水生昆虫を入れて運ぶ方法です。タッパーなどの容器を使う場合は,底に湿らせたろ紙 6) やキッチンペーパー6)を敷いておくと, 昆虫の脚が滑らずに具合がよいようです。他の水生昆虫を食べる中・大型のカワゲラやヘビトンボの幼虫などは別容器に分けます。 また虫の入れすぎにも注意します。これらの水生昆虫を入れた容器は,温度が上がりすぎないよう,低温を保つようにして運びます。 特に夏場の高温時には,保冷剤7)や氷 7) を入れたクーラーボックス8)に入れて持ち運ぶようにします。
 室内で生きた水生昆虫を観察する必要がない場合は,その場で固定して,液漬標本にして持ち帰ります。 固定液にはエタノール
9)(70-85%)が一般によく使われています。 虫体のキチン化した部分の軟化や脱色を避けるために,ホルマリン(4%)を使用することもあります(購入が難しいかもしれません. また取り扱いには十分注意してください)。 保存容器は密閉でき,液もれしないものを選びます。コーヒービン10) や薬ビン10) を転用するのもよいでしょう。エタノールを入れた保存容器に, 採集した水生昆虫をピンセットで移します。保存容器は採集地点別あるいはグループ別に分けられるように,必要に応じて何本か用意しておきます。 採集日時,場所,地点などのデータを鉛筆で記入した紙片を容器に入れるか,アルコール耐性のマジックで容器に直接記入するなどして, 標本に関する情報があとで判るようにします。

ツール・プラスα
5)タッパー,ビニール袋
6)ろ紙,キッチンペーパー:
容器の底の大きさにあわせて切っておきます。
7)保冷剤,氷:タオルなどで巻いてからクーラーボックスに入れます。
8)クーラーボックス
9)エタノール:
消毒用のエタノール(約70%)を使うことができます。無水エタノールあるいは99.9%エタノールと蒸留水 (コンタクトレンズ用の精製水でも可)で好みの濃度にして使ってもよいでしょう。
10)標本を入れるビン,ポリ容器:密封でき,液もれしないものを選ぶ。コーヒーや薬などのビン。

 

写真5

標本の作成方法と室内での観察
水生昆虫は多くの場合,液漬標本にして保管します。生かして持ち帰った水生昆虫も,観察か終わったら標本にして保存しておくようにします。 先に述べたのと同様に70-85%エタノールあるいは4%ホルマリンで固定します。標本を入れておく容器は身近にある密封できるビン類を使用すればよいのですが, 採集の回数が増え標本数が多くなってきたら,“ねじ口瓶”“スクリューバイアル”などという名前で販売されているガラス管瓶(写真5)を使うようにすると, 標本の保管・整理に便利です。これらのガラス管瓶には色々なサイズ,形状のものがあり,用途に応じて選びます。例えば日電理化硝子(株), アズワン(株)といった理化学機器メーカー製のものがあります。購入の際には理科機器を扱っている販売業者に問い合わせてみるとよいでしょう。 個人での購入に応じてくれるところもあります。
写真6
 固定した標本は,放っておくと保存状態が悪くなることがあります。固定液をそのまま保存液として使わずに, 保管する前に新しいエタノールに入れかえるようにします。それだけでもずいぶん保存状態は違ってくるものです。 また液漬標本は歳月が経つにつれて保存液が減少し,長期間放置しておくと乾ききってしまうこともあるので注意が必要です。
 作成した標本には,採集時の情報(少なくとも採集日時,採集場所,採集者は必要)を記入したラベルをつけます(写真6)。 標本を入れたビンの大きさにあわせた紙片に鉛筆で記入し,それをラベルとして保存液中に入れるのが最も簡単な方法です。 また薄手のケント紙に製図用インクで記入してラベルにしている人もいます。パソコンで入力し,レーザープリンタやインクジェットプリンタ (なかには保存液でにじむインクもあるので注意)で打ち出してラベルを作成することもできます。液漬標本の場合,ラベルを保存液中に入れるので, 保存液によってにじんだり,ガラス壁面との摩擦で字が消えたりしないようなラベルを工夫します。上に紹介したラベルも完璧とはいえませんので, 標本の点検の際にはラベルの状態もチェックします。

写真7

生物がどの分類群に属しているかを決定する作業を“同定”といいます。水生昆虫では,同定をどのレベルまで行うかによって,虫めがね,ルーペ, 実体顕微鏡,顕微鏡など必要な拡大鏡が違ってきます。例えば“カワゲラ目の仲間”“シマトビケラ科の一種”といった比較的大まかな同定には10数倍程度の 虫めがねやルーペで間に合わせることができます。しかし,属や種名まで同定するには実体顕微鏡や顕微鏡の使用が欠かせません。
 水生昆虫の形態を観察する時には,シャーレや浅めの容器を用意します。生きた水生昆虫を観察する時には水を,液漬標本を観察する時には, 保存液にエタノールを使用している場合はエタノール,ホルマリンの場合は蒸留水(あるいは精製水)をシャーレに入れ, 虫体が液に浸かるようにすると見やすくなります(写真7)
 同定の際には,細かい作業が増えるので,ピンセットは先が尖った,先端がきちんと揃うものを使います。ピンセットは2本用意して, 両手で作業ができるようになると効率的です。
 昆虫の名前を調べるには,形態を図示した水生昆虫関連の書籍を参考にします。詳細は
水生昆虫専門情報 をご覧ください。

(文・写真:花田 聡子)


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